Index
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後編
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道東マップ
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3日目、羅臼で北の国からを
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3日目ルート
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札幌を出発してもう3日目となってしまった。この2日間があっという間に過ぎていった気がする。逆に残りあと3日と思うと憂鬱になる・・・。
今日は以前から楽しみにしていた羅臼に訪問する日である。羅臼は今回の北の国から
2002遺言のロケ地となった土地である。旅行中はまだ、 ドラマを見ていないのでどのシーンでどのロケ地が使われたのかはまったくわからなかったが、とりあえず行ってみることで現地で情報を得ることができるかもしれない、
というあわい期待をもっていた。
本日のルートは予定では川湯を出発したら一気に標津町の海岸沿いまで出、そこから羅臼へ北上する予定である。その後は知床峠を渡り斜里にて昼食を取り、
3日目の宿泊先である斜里町のかみさんの友人宅にお世話になることになっていた。残念ながら、本日は天気予報によれば雨が降るらしい。
昼過ぎから天気が崩れる予報で、降水確率も高い数字だった。昼過ぎと言えばちょうど羅臼〜知床峠〜斜里のあたりを走っているだろうか。
この日は朝からどんよりとした天気だった。札幌で満タンにしてきたガソリンが底をついたので川湯温泉街のガソリンスタンドで給油を済ませ出発した。
たった2日間で50Lのガソリンが空になってしまうのは残念な話である。もっとも、この車の燃費と走行距離を考えれば無理もない話ではあるが、
それでもせめて今日の知床峠越えまではもってほしかったのが本音である。昨日は快晴で車内は暑く、日中はずっとエアコンをつけて走っていたため
特に燃費が悪かった。逆に今日は朝から曇り空で肌寒い。昨日と比べても走行距離は多いので燃費的には助かるが、難関の知床峠越えでは燃費君走行は厳しいであろう。
5日間の旅行を通して2回の給油で済ますのは無理にしても最低でも3回までの給油で済ませたいところだ。
残念ながらどんより天気
あれこれ考えながらも、とりあえずカーナビに標津の市街地あたりを目的地にセットして出発していた。そこまでのルートとしては、国道391号線を南下し、
国道243号線から別海町・中標津を経由して標津町に入る予定である。普通であれば、これで万事問題なしのはずなのだが、こまったことにカーナビが途中で
道の選択を誤ったのだ。カーナビ的には誤ってはいないのかもしれない。しかし、距離的には大ハズレのルートを取ってしまったのである。
弟子屈町を離れて南下し、国道243号線にのって標茶町に入ったところまでは良かったのだが、その先の別海町に入った直後の分岐で、直進するルートと右折する
ルート(国道243号線)があり、カーナビは右折するルートを取ってしまった。この分岐から先は、直進のルートで行けばほぼ直線ルートで北東方向に進んで
標津町にたどり着け、右折のルートであれば南東方向に一度下ってから北の方向へ戻り、直進ルートと合流するのだ。ちょうど、三角形の斜辺を直進ルートが
たどっており、カーナビは底辺を通って遠回りするルートを取ったのである。結果的にどちらが速いのかは不明であるが、距離的には15〜20kmは違うと
思われる。細かい話なのだが、燃費のことを考えればロスが大きすぎるのだ。また、それに気づいたのも遅すぎ、分岐から右折してしばらく経ってからだった。
いまさら道を引き返す気にもならず、そのままのルートを進むことにしたのだ。
しかし、しばらく進むとこの道でも良かったなと思い始めた。ここは別海町。乳牛などの酪農で有名である。国道沿いには牛の放牧されている土地がたくさんあり、
のどかな風景を眺めながらのドライブができる。きっとタイミングさえ合えば、道路を横切る牛たちに交通が止まる・・・っていうこともありえるのではないか。
多少はそんな期待をしてみながら走ってみるが何事もなく進んでいく。すれ違う車はまれでバックミラーにはまったく車は見えない。あまりこの国道は利用する車は
ないようで快適に車を走らせた。やがて本当は行きたかったルートに合流して中標津から標津町を目指す。中標津には行ったら国道272号線で道なりに進めばやがて
海に出るので、そこから羅臼方向へ北上した。あとは海沿いに国道335号線を進めば羅臼にたどり着ける。
羅臼手前、今にも雨が・・・
羅臼手前になり、今にも雨が降り出しそうな空になってきた。羅臼でまず目指すのは道の駅だ。ここで少々の休憩と「北の国から」関連の情報を仕入れようと
思っている。道の駅は知床峠へ登る手前の漁港近くに立っていて、たくさんの旅行の車やライダーが休憩をしていた。道の駅についたときにはもうお昼になる時間で、
駐車場はそれらの車でほぼいっぱいだった。天気がよければ国後島を見ることができる。国道をそのまま北上してゆけば、直ぐに知床峠の山道に入る。
道の駅 羅臼展望台にて |
道の駅 羅臼周辺マップ
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道の駅には小さな展望台がついており、屋上に出ると羅臼漁港を一望できた。この日はあいにくの曇り空で国後までは見ることができなかったのだが、
「北の国から」のロケ地になったのかもしれないこの羅臼漁港を見てそわそわし始めていた。1Fの案内所では若い女の子が(やる気なさそうに)いたので、
北の国からの情報を聞き出そうとしたのだが、どうもよく知らないらしい。その情報のなかでもやはり「羅臼漁港」の名前があがり、また、「ラウスクル」という
ペンションも撮影に協力したと言う話を聞いた、と情報を入手する。羅臼漁港は道の駅の目と鼻の先にある。「ラウスクル」というペンションはしばらく車で
走らなければいけないような距離にあるそうだ。まずは先に車で漁港内に入った。そして、車を置けそうな場所を見つけてnkj一家3人で漁港を見物し始めたその時・・・。

羅臼漁港にて
突然の大雨が降ってきた。nkjたちの観光を邪魔するかのようにタイミングよく降ってきたのだ。せっかく、漁港で働く人たちを見たりし始めた直後だったのだが、
我が子はるちゃんもいた為にあえなく車に退却した。雨はさらに強くなり、車の窓さえも開けることができないような降り方をしている。しかし、このまま引き下がっては
せっかく羅臼まできたのに何も見れないのでは残念なので、とりあえず雨の様子を見ながら漁港内を徐行し始める。ちょっと雨も弱くなって来たもののやむ気配はない
為、車から「第一市場」と書かれた建物を撮影しただけで漁港を立ち去ることにした。果たして、漁港内でみたこの部分だけで北の国からのロケ地はあるのだろうか。
北の国からのCMか何かで見た1シーンでは漁港内に純と結がいたという記憶がある。もっと回ってみたいという気持ちを抑えながら、次の目的地「ラウスクル」へ
車を走らせる。相変わらず雨はやまない。
ペンション ラウスクル
あらかじめ書いておくが、ラウスクルというペンションが北の国からにどのような形で協力されていたかは知らない。その情報自体が誤りの可能性もある。
ドラマを一通り見終わった後思ったのは、「ラウスクルって出てこなかった」と言うのが正直なところである(見落としただけかもしれないが)。
羅臼漁港から「ラウスクル」まではしばらく走らなければならない。道の駅の前を通る国道335号線から外れ、知床峠の先端方向へ向かう道へと入る。
ドラマでも出てきたひかりごけの「マッカウス洞窟」の前を通り(寄らなかった^_^;)、さらにしばらく走っていくと突然「ラウスクル」の看板が右手に見えてくる。
その看板から坂を登ったところに小奇麗なペンションが建っており、それがラウスクルだった。そこを訪れた時点では「北の国からのロケ地」と信じきっていたので
ウキウキしながら記念写真を撮ったのだが、「北の国から」を抜きにしても綺麗なペンションであり、是非泊まってみたいところである。
このペンションの オーナーさんは大型クルーザーを所有されて観光クルージングをされており、もしかするとロケの中で海のシーンで何らかの形で協力されたのかも知れない。
詳しいことはまったくわからないが、見物を済ますと直ぐにその場を去り、知床峠を目指した。 |
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嵐の知床峠
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知床峠付近マップ
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やはり雨はやまなかった。天気予報は当たっていた。ラウスクルを発って知床峠へ向かう国道334号線へ戻り、山を上り始める。はじめのうちはただの雨の中の
運転だったが、次第に雨脚が強くなってきていた。若干、運転に不安を感じながらも上ること十数分。どうやら雲の中に突入したようで、視界がほとんどないような
状態となった。このまま峠を過ぎるまで続くことが予想され、前に走るバイクのテールランプを頼りに山を上る。
知床峠へ向かう
周りの状況は上れば上るほど悪くなり、視界はほとんどない状態が続いた。そんな中でも我が子はるちゃんは元気である。知床横断道路は冬期間はほとんど
通行止めとなってしまう区間で、さすがに真冬にこの峠を通る気にはならないような道である。道路は右左へうねり、おそらく天気がよければ景色は最高なのだろうが、
今日のような天気であれば早いところやりすごしたいのが本音である。知床峠からは羅臼だけが見えるのだが今日は絶対に無理である。
天気さえ良ければこの3日目が一番の見所たっぷりのルートなのだが・・・。霧(雲?)の中を走るのにカーナビが役立った。地図を一番細かいスケールにして、
どちらがわにどの程度のカーブがあるかを見ながら進めた。地図が誤りがあれば間違いなく谷底に行っているのだが、視界ゼロの世界ではそうするしかなかった。
だから、気が付いたらもう知床峠に到着していた。

嵐の知床峠
知床峠では来ましたという証拠だけ撮影して立ち去る。風と雨が強すぎて窓を開けれないくらいの状況である。道路をはさんで向こうの「知床峠」の看板さえも
かすんでいる。はやいところ、斜里側へ下りてしまいたい。ところが、知床峠を過ぎ、少し下っていったところで天気が一気に良くなった。晴れてはいないものの、
雨はやんだ。時間は既に12時を回っている。安心感とともに空腹が一家を襲う。予定では、峠を下り斜里に入ったところに「一休屋」という知床料理のお店がある。
お昼はそのお店で取る予定である。 |
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斜里で海の幸
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知床横断道を抜け、斜里の海沿いの町を走る。道路も狭く、その雰囲気がたっぷりと味わえる町並みである。しばらく進むとやがてスーパーが見え、その向かいに
ある「一休屋」で昼食を取る。駐車場は道路をはさんで向かいにあり、我が子はるちゃんをかかえて一休屋へと入った。中では座敷席が満席、椅子の席もだいぶ
埋まっており人気のほどが伺える。旅行雑誌にて知ったここのお店の料理で、来る前に決めていたメニューを注文した。「鮭親子丼(\1,250)」「いくら丼(\1,000)」
である。それほど待たされずに料理が出てきた。
知床料理 一休屋
量的には少なくもなく多くもなく、私としては珍しく「適量」と感じながら食れた。ボリュームがありすぎるというわけではないので小食の方にも残さず食べれる
位ではないだろうか。味のほうは・・・やはりうまいの一言!ところが、我が子はるちゃんがぐずり始めた。無理もない。親は食事をしているのになんでわたしだけは
何もないの?とでも言いたいのだろう。いつも思うのだが、うまいものを食べているときほど我が子はるちゃんには申し訳なく思う。ママがおいしいものを食べても
赤ちゃんの飲むおっぱいの味は変わらないのだろうから・・・(本当のところはどうなんだろう???)。あまり味わうこともなく、かきこむようにして丼を平らげ、
早々に一休屋を後にした・・・。
メニューはこの丼以外にも知床で取れる海の幸を使った刺身や焼き物、その他さまざまなメニューがあるようである。価格もそれほど高いとは感じない程度なので
私のような庶民にもオススメのお店である。しかもうまいのだ。
その晩はかみさんの友人宅で泊まらせてもらうことになっていた。友人宅は斜里の市街地のほうにあり、住宅街の中にある立派なお家である。旅行も3日目となり、
かみさんと我が子はるちゃんの疲労も気になる頃なので早めに友人宅にお邪魔してゆっくりと休んだ。明日は斜里を離れ、徐々に札幌の方へ近づいていく。宿泊先は
1日目と同じ女満別の親戚のお宅である。明日の天気を祈って床についた。 |
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4日目。ふるさと祭り
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4日目は朝から快晴だった。向かうは東藻琴村の「ふるさと祭り」である。このふるさと祭りでは、北海道の風景でよく見られる牧草のロールを転がす競争が
行なわれる。その情報を聞きつけて一目見たくなった。斜里からは国道334号線で途中、小清水町を通り東藻琴村へ向かう。
今年のふるさと祭りはチーズ公園という大きな公園で行なわれている。チーズ公園にはテニスや野球場などのスポーツ施設がくっついており、訪問した日には
2つのグラウンドで男女別にソフトボール大会が行なわれていた。チーズ公園に到着すると駐車場はほぼ満杯で警察が繰り出て交通整備をするほどだった。
目的の公園からは少し離れている駐車場に車を止めることになり、そこからはのんびりとお祭り会場へと歩く。

東藻琴村 ふるさと祭り
お祭り会場までは綺麗に整備された道を通り、歩く。左手には野球場が広がっていて、ユニフォームを来た選手たちがお昼の休憩を取っていた。
そういえば、もうそんな時間であり、腹も減ってきている。お祭り会場からはなにやらアナウンスが流れていて、どうやらロール転がしのタイムと順位の
発表をしているようである。出店で焼き鳥など買ってロール転がしの決勝でも見れそうだ・・・と思っていると、どうやら、アナウンスで「表彰式」の話を
していた。表彰式ということは、ロール転がし競争は終わったのか!?
終わったのだ。先ほど聞こえてきていたタイムと順位のアナウンスは決勝の結果であり、表彰式はこれから行なわれる、というのだ。会場に到着したときにはすでに
ロールはフォークリフトで綺麗に一箇所に整頓され、これから競争が始まるという雰囲気は少しもなかった。しかし、お祭り会場には驚くくらいの人が集まっており、
密集して各々バーベキューなどをしている。その広場を囲むようにして出店が並んでいて、定番の焼き鳥から焼きそば、フランク、かき氷、ジュースなどを
売っている。また、地元の農産物の販売もある。広場の入り口横にはステージがあり、ジャズか何かを演奏して大変賑わっていた。結局、残念ながら、
目的のロール転がし競争は終了していたのである。
しかし、ロール転がしがなくとも、人の多さや出店、賑わいでお祭りの雰囲気を十分楽しめた。我が子はるちゃんは初めてのかき氷体験ができた。日差しが強く、
大変暑かったのでぴったりである。とはいうものの、実際には氷ではなく、解けた水とシロップをなめさせてあげたくらい。お祭り会場を後にして車へ向かう途中にも、
我が子はるちゃんはかき氷についてきたストローがえらく気に入ったのか、しばらくしゃぶって遊んでいた。やがて、雲行きが怪しくなってきた。ぽつりぽつりと雨が
落ちてきた。降りだしはしなかったが、確実に天気は悪くなってきていた。 |
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釧網本線 北浜駅
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北浜駅周辺マップ |
時間はお昼を過ぎて少し経ったくらいか。かみさんが育ったという網走市内へ移動することにした。東藻琴村のチーズ公園からは一本でオホーツク海へ出ることが
できるのである。その道は藻琴湖へ注ぐ藻琴川に沿って走っている。なんとしたことか。車道と川の間には土手があり、ふとみると、その土手の上に牛が2頭いるでは
ないか。どうしてこんな土手にいるのか不思議で仕方なかった。おそらく、いつも放牧しているところなのだとは思うのだが、それに慣れていない人にはとても
不思議な光景として見える。牛は、ずっとこちらのほうを見ていた。
土手の牛
あまりにも珍しく見えた光景なので写真を撮って再出発。しばらくオホーツク海方向へ進むとT字路となっており、国道224号線へとぶつかる。ちょうど正面には
藻琴駅があり、その向こうにはオホーツク海が広がっている。T字路を左折し、網走方面へと車を進めた。途中、鱒浦(ますうら)に「海鮮市場」があり、中には
市場やお土産が並んでいる。建物の向には直ぐ砂浜が広がっていて、真冬の季節には間近で流氷が見れるそうだ。天気があまりよくなく風が強いにもかかわらず
観光客は多く、砂浜で遊ぶ子供もいた。とりあえずは海岸を眺め、次に「オホーツク海に一番近い駅」と言われる北浜駅へと向かう。

JR北浜駅にて
海鮮市場から北浜駅へ行くには、来た道を戻ることになる。網走とは反対方向へ国道224号線を進み、藻琴駅を通りすぎてしばらく進むと北浜駅がある。
ここ北浜駅前には小さな駐車場があり、7〜8台くらいまでなら車を止めることができる。駅舎は木造の小さな建物で、中には喫茶店「停車場」が入っている。
駅舎左手にはオホーツク海を展望できる小さな展望台があり、流氷が流れ着く季節にはそのすばらしい景色を眺められることだろう。
残念なことに、駅舎のまん前に他の観光客が車を止めてしまった為に記念撮影もちゃんとできなかったのだが、それでも昔ながらの趣をしっかりと感じることが
できた。展望台から景色を眺めれば直ぐに目の前に海が広がっており、「オホーツク海に一番近い駅」と言われる理由が確認できる。また、はるか向こうには
知床連山が見れるようで、展望台にある山の地図と目の前に広がる景色を照らし合わせて展望した。しかし風も強く寒い為に長居はせずに退却。北浜駅から
斜里方面に少し言ったところにコンビニがあり、その脇に踏み切りがあるようで、車で海岸の方におりれるようだ。まずはそこに行ってみて、我が子はるちゃんの
海初体験をひそかにもくろんでみた。
駅舎の中は非常に狭く、壁・天井には旅の記念に観光客の乗車券やその他いろいろなものが貼り付けれている。どの駅にもある時刻表が飾られており、
それを見ると一日に10本程度しか通っていない。そもそもこの駅は無人駅で、観光客以外にはあまり利用者がいないのではないか。
北浜駅から網走とは反対方向へ少し行くとコンビニ(セーコーマート?)がある。その脇には踏み切りがあって線路を渡って海岸側へ出る道がある。
北浜駅の展望台から見えた踏み切りはこれであり、車一台がやっと通れる道が海岸へと続いていた。先日からの雨で道はぬかるんでいて進むのが一苦労であるが、
踏切を越えたら直ぐに砂浜が広がっていて、駐車できそうな場所に車を止めて外に出た。いよいよ、我が子はるちゃんの海初体験である。

北浜駅近くの海岸にて
砂浜には2人の人が釣りをしていた。それ以外に人は誰もいない。外に出てみるとかなり寒い!風が強いのだ。釣りをしている人は防寒着をまとっている。
どうやら、我が子はるちゃんは強風に顔を向けると息ができないらしい。うぷぷぷっとなってしまう。体でなんとかカバーしながら海岸に着くと、早速、
我が子はるちゃんを水におろそうとした。が、しがみつく。嫌らしい。親の2人は面白半分だが、当の本人は本気で嫌がって半泣きである。nkjも我が子をいじめる
つもりはないのでそれ以上はやらなかったが、我が子はるちゃんにとってはこの旅行は試練の連続だったと思う。ちょっとかわいそうだった。
まだ8月だと言うのに、もうオホーツクの地方には秋・冬が来るのだろうか。そう思ってしまうくらい寒かった。コンビニまで戻るとちょっと休憩をして、
いよいよ、網走入りのために国道224号線を網走方面へ向かうことにした。 |
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呼人のエゾリス
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網走では特に観光地と呼ばれる場所は回らなかった。北浜駅から国道224号線を通り網走市内へ入る。プライベートな話ではあるが、かみさんが育った町を
巡り、鈴木宗男氏がらみで話題となった島田建設の前を通り、一つふと思い出した。今まで、会社へのお土産を買っていなかった。急に現実に戻る話であり、
できるだけ思い出したくないものだったが^_^;、これ以上進んでしまうと本当にお土産を買いそびれてしまうため、急遽、網走刑務所の真正面にあるお土産屋、
オホーツクバザールへと立ち寄った。
オホーツクバザールでは海産物からお菓子までさまざまなお土産を取り揃えており、網走屈指のお土産やでもある(多分)。ここではちょっとしたお菓子を
購入し、会社へのお土産とした(会社では好評だったようだ)。お土産を買い終えると、この日の最後の目的である、「温泉旅館もとよし」へ向かう。
今晩、温泉旅館もとよしにお世話になるのではなく、かみさんの友人がここに住んでおり、出産をまじかに控え、ちょっと早い出産祝いを渡しに訪問するのである
(現在はもうお子さんが生まれている)。ここではちょっとした休憩をかねて、友人との再会に話を弾ませていた。ここに渡した出産のお祝いはなんと「おしり拭き」。
しかもダンボールに2つ分である。大変地味だが大変役に立つものである。このお祝いは意外と正解だったかもしれない。

呼人のエゾリス
そしてここでは素敵な出会いがあった。この旅館の前に取り付けてある餌台に天然のエゾリスが現れたのである。この温泉旅館もとよしのある場所は網走市街から
少し離れた網走湖畔の呼人(よびと)という土地。回りは自然に囲まれ宿泊客も多い。湖畔にはテントも張られたり、湖では水上ボートが走り、
絶好のアウトドアスポットである。そんな土地だからエゾリスを見ることができた。そして何よりも、我が子はるちゃんは生まれてはじめてのリスとの対面である。
我が子はるちゃんはリスを見てまもなく泣いた。弱虫である。これで動物園にいけるのだろうか?気長に彼女の成長を見守ることにする。
別れ際に2母2娘のツーショット写真を撮り、呼人を離れる。これからは、最初の宿泊地であり最後の宿泊地でもある女満別の親戚宅である。本日はこれ以上、
特に予定もない。ただ、最終日である明日、また6時間以上の大移動を行なう為、体力を養う為に早めに親戚宅に入った。この日はいとこが遠軽などから我が子はる
ちゃんの顔を見にきてくれており、たいそうかわいがられたようだった。どうも疲れていたのか早めにダウンして床に着き、最終日の移動へと備えた…。 |
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最終日、帰宅の路
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皮肉と言うべきなのか、ラッキーと言うべきなのか、最終日となって朝から快晴だった。前日までとは違い、天気予報でも最終日から数日間は大きい晴れマークが
続いていた。今日は女満別から札幌まで帰る日である。同時に現実に引き戻される日でもある。ちょっと朝寝坊をした。遅い朝食を頂き、大変お世話になった親戚の
お宅を後にした。これからは女満別を経ち、バイパス経由で国道39号線で美幌、端野、北見などを通って旭川方面へと向かう。
この日は本当に天気が良かった。雲ひとつない青空の下、快調に車を走らせる。途中のルクシ峠では先日の崖崩れ事故の傷跡も生々しく残っており、復旧工事の中、
徐行を余儀なくされた。初日に旭川紋別道を下りて遠軽に曲がった交差点を過ぎ、いよいよ最後の給油が必要となり丸瀬布の給油所で満タンにする。ここ丸瀬布には
道の駅があり、木工品などが販売されているそうだ。行きの時も同じ道を通ったが立ち寄らなかった。初めから「帰りの日に寄ろう」と決めていたのだ。丸瀬布の
市街地を抜け山に入る手前にその道の駅はあるのだが、立ち寄ったはいいが休館日だった・・・。
道の駅 まるせっぷ
トイレ休憩だけを済まし、気を取り直して先へと進む。ひそかにここの木工品はとても期待していたのだ。この旅行の前に、かみさんと我が子はるちゃんは女満別に
ばあちゃんと一度訪れており、その途中でかわいい木工品が並んでいたと話を聞いていた。きっと、我が子はるちゃんに良いおもちゃになりそうなものもあるかもしれない
と期待し、楽しみにしていただけあって残念だ。それ以前に、定休日くらい調べておくべきだったと反省・・・。

あとは、これまで来た道を戻るだけである。旭川からは旭川北I.C.より道央道で札幌まで戻る。すべてが順調に進んだ。最後の丸瀬布の道の駅を除いて・・・。
とはいうものの、今回の旅行は大旅行ながらもめぐる範囲が広すぎた為、それぞれの観光地に立ち寄っただけになってしまったのが残念だった。
ただ、我が子はるちゃんにとっては生まれてはじめての大遠征であり、その面倒を車中ずっとみてきたかみさんには大変苦労をかけた旅行でもあった。
きっと、我が子はるちゃんはこれっぽっちも今回の旅行のことは覚えていないだろう。きっと、10年後思い出しては、あの旅行は大変だったねと話しているに違いない。
しかし、今回の旅行の収穫は念願の道東旅行を果たせた?ことであり、家庭を持ってはじめての大旅行が実現したことである。何ごとにも変えがたい旅行ができた
ということで最後は締めくくりたいと思う。 |
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